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どうしようもなく愛おしいもの、そこにあるべきでないのに、そこにあるもの。

腕時計が外されて心細く見える手首とか、ニットの中に隠れて見えなくなったハートのモチーフのネックレスとか、あるいは本を読むために束ねられた髪や律儀につけられた髪留めなんかを見ると、ああ、このひとはきっと今世界でいちばんセクシーだ、と感じる瞬間がある。

 

それは、図書館に来たのにノートもペンケースも出さずにミュージックプレイヤーで音楽を聴いているひとや、クロワッサンにコーヒーではなくミルクを合わせてしまうひとを見かけた時なんかとよく似ている。

そういうひとはまるで熟した木苺のように魅力的だから、自分の知らぬ間に惹かれてしまうかもしれない。

だからわたしはそういうひとに出会ってしまった時は、なるべく用心して、息を止めて、足音を立てないようにそろりそろりと歩き、そして背後に回るのだ。

一瞬ののち、狙え。  バアン。

 

 

ひと目見て、『あ、好きだ』と自覚して、それからどうしようもなく惹かれてしまうことがある。まだ恋を知らない少女だった中学生のわたしも、頭と心と体を休みなく動かすような日々を過ごしていた高校生のわたしも、寄り道ばかり揺れてばかりの大学生のわたしも、全てのわたしが経験した。抗えない衝撃。正面からぶつかってくるのに、不思議と痛さは感じない。心地よい、波の中。

 

 

わたしからわたしを奪っていった彼女たちは、みな強さがあった。目が合うと、どきりとする。そんな強さ。誰にも言ってない嘘や、封じ込めた本心を見透かされたような気持ちになる。

友達でも、同級でも、知り合いですらない存在のわたしから向けられた視線を、彼女たちはみな、一切無視したりしなかった。

はじめは、受け止めて。次は、会釈をして。戸惑いがちに挨拶をするわたしに、爽やかな笑顔を返してくれた。

一人でいるときの彼女たちはいつも自分自身に厳しい眼差しを向けていて、その鋭さは時折他者を遠ざけるほどだった。彼女たちは一様に己の眼差しの鋭利さに気がついていないようだった。常に鋭い刃先で余分な部分を削り出していた彼女たちは、一分の無駄もない聡明さを持ち合わせていた。

 

一見、敬遠されそうなほどの高尚さを身に纏った彼女たちだが、いや、そんな彼女たちだからこそ、穏やかな笑顔を向けられたり、強さのうちに隠しきれず打ち明けた後ろ向きな言葉を受け止めたときに、ああ、もうこれ以上はいけないと。これ以上あなたに踏み込んでしまえば、わたしはあなたに引きずられてしまう。あなたを連れて、底のない深みへはまってしまう。

ねえ、だめなの、きっとあなたは此方に来ないんでしょう、わたしだけが落ちてゆく、穴の中へ、落ちてゆく。

 

幼い頃集めた宝物は上等なクッキーの缶に詰めたけれど、わたしのこの、ついに誰にも言うことのなかった心は一体どこに仕舞えばいいのだろう。

 

チョコレートの入っていた缶や、綺麗なクッキーの箱をみんなが大事にとっておくのは、果たしてこういう理由なのだろうか。

わたしも、いつか見つけられるだろうか。

容れ物を待つ、こころが、探している。