野菊

もう寝てしまったの、ねえ。

どうか、眠れないわたしと一緒に、起きていてほしい。

せめて、覚えていて。

鮮やかな野菊を思い出す。

寂しい野菊を思い出す。

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残酷なこと

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今日、ひとりの男子に本を貸した。

鞄から取り出したその本が彼の手に渡った瞬間、後悔の二文字が頭をよぎった。ああ、やってしまった、と。彼は友達なのだから、友達として付き合っているのだから、彼に本を貸したりなんかしてはいけなかったのに。わたしの軽率な行動のせいで、これから彼を傷つけなくてはならなくなってしまった。でも、しょうがない、これからもふたりが友達でいるために、わたしは打ち明け話をした。

 

彼を夕飯に誘ったのはわたしの方だった。彼は二つ返事で誘いに乗った。彼と並んで歩くのは、そういえば初めてだったけど、わたしたちはなかなかにお似合いだったと思う。神保町の古本屋のおじさんだって、きっとそう思ってくれてたはずだ。

 

連れ立って入ったラーメン屋で、わたしたちはポツポツと話をした。別に話すことなんて無かったのだけれど。あくまでも、今回の目的は彼とご飯を食べる、その時間を共にすることだったから。

それでも、わたしたちはラーメンをすすりながら幾らかの話題を交換した。新しく習ったダンスの足型だとか、間近の大会のこととか、学部のこと、兄弟のこと、趣味のこと、最近読んだ本のこと--ここでわたしが、今持ってるよ、なんて言って本なんて取り出さなければ、彼に隠したナイフを突き立てずに済んだかもしれないのに。いや、どのみちわたしの口から言わなければならないことだったのかも知れない。ただ、時期が早まっただけで。

 

彼に渡したのは恋愛小説だった。『きみはポラリス』。この短編集がわたしのこころに残した無数の引っ掻き傷を彼に見せようとして、止めた。彼にも、残したい、わたしと同じ傷を。

抱いてはいけない感情。渡してはいけなかった本。

 

電車で読むね、と笑顔を向ける彼に、わたしは告白しなくてはならなくなった。

わたしに、好きなひとがいるということを。

 

 

最近連絡がないの、とか、相手に踏み込めないの、とか、彼とわたしの間にはおおよそどうでもいいことをペラペラと喋った。だって、どうしようもなかったんだもの。

彼に本を貸してしまった。彼にこころを見せたいと、彼と傷を共有したいと思ってしまった。でも、あなたに傷つけられるのは、わたしどうしても耐えられないの。だから、わたしから言うの。

 

好きなひとがいるの。って。

あなたは友達なのって。友達で、いさせてほしいのって。

 

彼の喉元を切り裂く時、わたしはきちんと笑えていただろうか。自分勝手で、狡い方法で、ふたりの間に引かれたひとすじの線は、真っ赤な線。彼の血の色。

 

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 ゆっくりで、いいよって、言えたのはそれだけで。

 

もしわたしが猫であったならば

f:id:yasu302K0:20161216001803j:imageもしわたしが猫であったならば、もしくは明日が金曜日でなかったならば

 

わたしはあなたとの距離を縮めることができたかもしれないのに

こんな言い訳に頼らずに済んだかもしれないのに

 

ねえ、まだ起きてますか、今から電話してもいいですか、

 

雨の夜

f:id:yasu302K0:20161214013220j:imageあなたに向ける感情は、いつだってもっとも美しいものでありたい。

もっとも美しい感情--それを文章化する手段を手に入れるにはまだまだ時がかかりそうだが、それと逆の感情、つまりもっとも苦しい感情ならば、わたしは既に知っている。

 

申し訳ないと思うこと、その気持ちをあなたに向けること、それこそがもっとも悲しいものだということを、わたしは知っている。『悲しい』と『苦しい』は実はいちばん似ている言葉だ。

 

例えば、あなたの好きな本を知ってしまった時、わたしは期待と憂惧の狭間でその本のページをめくるだろう。そしてあなたが愛する世界線をこの目で追うごとに、胸の締め付けられるような思いを抱く。暗く深い森の地図を見つけたときや、瓶詰めの手紙が海の向こうの見知らぬ誰かから届いたとき、ずいぶん昔に失くしたボタンを見つけたときに湧き上がる気持ち---誰にも言いたくないのに、誰かに知らせたい、そんな気持ちはわたしの心をギュウッと締め付ける。幸福感よりも、悲愴感が勝るほどに、痛みを感じる強さで。

 

小さい頃は、夜は1日の終わりで、夢を見ている間に今日という日はリセットされて、朝を迎えるものだと思っていた。毎日が新しい今日で、明日はいつだって明日だった。

でも、大人になりかけの中途半端だったわたしは、夜更かしを覚えてしまった。

そうして、夜に終わりが無いことを知った。今日はいつまでも今日で、いつまでも明日にならないことを知った。

すべての時間はひとつづきで、どこかに終止符があるわけではなくて、それが、これからもずっと続く日々で、ずっと、ずっと、

 

死にたい、と思った。気付いた日から、今までずっと。絶対に死ねないわたしが、死にたいと思った。ごめんなさい、ごめんなさい、実行する勇気なんかないくせに、それでも心奥は常に死に向かっているの。そしていちばん卑怯なのは、この胸のうちをあなたに明かせない、いいえ、明かさないわたし。

 

あなたに向ける感情は、いつだってもっとも美しいものでありたい。

そんなの、嘘だ。わたしはそんなに強くない。わたしは、せめてあなたが要らないことで傷つかないように、苦しい感情を見せないようにしよう。それが、あなたを愛していると伝えるための、わたしなりの手段なのだ。

あなたを暗がりに呼び込む必要はこれっぽっちもない。たとえわたしがあなたを好きで、あなたもわたしを好きだとしても。

 

雨の夜、冬の日、月と星は影をひそめる。

 

 

ライフ

夜って 寝るものだし

手帳って 記すものだし

わたしは あなたと 向き合って ごはんを食べたい

わたしがあなたに望むこと、ひとつ

わたしには、本や映画の中で営まれる世界に心を動かすことはできるのに、

隣に座ってココアを飲むあなたの生きる世界を見ることすらできないのが本当にもどかしい。

 

わたしにも、あなたの世界を分けてほしいと思う。あなたにも、わたしの世界を届けてあげたいと思う。

繋いだ手から伝わっていけば良いのに。

でもそれじゃ、きっとだめなのだろう。伝える手段を探す過程で、ふたりの視点が重なる瞬間があるのだろう。だから、わざわざ遠回りをしなければいけないようにできているのだ。

 

あのね、

わたしはまだ経験も浅いし、未知なことの方が多くて、どちらかというと生きるのが下手なほうだけれど、それでも、知っていてほしい。

 

隣に座るあなたには、どうか見せてあげたいの。だってあなたは、この世の中の大勢のひとびとからわざわざわたしを選んで、隣に座ってくれたのだから。

 

信じる

 

作詞 谷川俊太郎

作曲 松下耕

 

笑うときには大口をあけて

おこるときには本気でおこる

自分にうそがつけない私

そんな私を私は信じる

信じることに理由はいらない

 

地雷をふんで足をなくした

子どもの写真目をそらさずに

黙って涙を流したあなた

そんなあなたを私は信じる

信じることでよみがえるいのち

 

葉末(はずえ)の露(つゆ)がきらめく朝に

何を見つめる子鹿のひとみ

すべてのものが日々新しい

そんな世界を私は信じる

信じることは生きるみなもと

どうしようもなく愛おしいもの、そこにあるべきでないのに、そこにあるもの。

腕時計が外されて心細く見える手首とか、ニットの中に隠れて見えなくなったハートのモチーフのネックレスとか、あるいは本を読むために束ねられた髪や律儀につけられた髪留めなんかを見ると、ああ、このひとはきっと今世界でいちばんセクシーだ、と感じる瞬間がある。

 

それは、図書館に来たのにノートもペンケースも出さずにミュージックプレイヤーで音楽を聴いているひとや、クロワッサンにコーヒーではなくミルクを合わせてしまうひとを見かけた時なんかとよく似ている。

そういうひとはまるで熟した木苺のように魅力的だから、自分の知らぬ間に惹かれてしまうかもしれない。

だからわたしはそういうひとに出会ってしまった時は、なるべく用心して、息を止めて、足音を立てないようにそろりそろりと歩き、そして背後に回るのだ。

一瞬ののち、狙え。  バアン。

 

 

ひと目見て、『あ、好きだ』と自覚して、それからどうしようもなく惹かれてしまうことがある。まだ恋を知らない少女だった中学生のわたしも、頭と心と体を休みなく動かすような日々を過ごしていた高校生のわたしも、寄り道ばかり揺れてばかりの大学生のわたしも、全てのわたしが経験した。抗えない衝撃。正面からぶつかってくるのに、不思議と痛さは感じない。心地よい、波の中。

 

 

わたしからわたしを奪っていった彼女たちは、みな強さがあった。目が合うと、どきりとする。そんな強さ。誰にも言ってない嘘や、封じ込めた本心を見透かされたような気持ちになる。

友達でも、同級でも、知り合いですらない存在のわたしから向けられた視線を、彼女たちはみな、一切無視したりしなかった。

はじめは、受け止めて。次は、会釈をして。戸惑いがちに挨拶をするわたしに、爽やかな笑顔を返してくれた。

一人でいるときの彼女たちはいつも自分自身に厳しい眼差しを向けていて、その鋭さは時折他者を遠ざけるほどだった。彼女たちは一様に己の眼差しの鋭利さに気がついていないようだった。常に鋭い刃先で余分な部分を削り出していた彼女たちは、一分の無駄もない聡明さを持ち合わせていた。

 

一見、敬遠されそうなほどの高尚さを身に纏った彼女たちだが、いや、そんな彼女たちだからこそ、穏やかな笑顔を向けられたり、強さのうちに隠しきれず打ち明けた後ろ向きな言葉を受け止めたときに、ああ、もうこれ以上はいけないと。これ以上あなたに踏み込んでしまえば、わたしはあなたに引きずられてしまう。あなたを連れて、底のない深みへはまってしまう。

ねえ、だめなの、きっとあなたは此方に来ないんでしょう、わたしだけが落ちてゆく、穴の中へ、落ちてゆく。

 

幼い頃集めた宝物は上等なクッキーの缶に詰めたけれど、わたしのこの、ついに誰にも言うことのなかった心は一体どこに仕舞えばいいのだろう。

 

チョコレートの入っていた缶や、綺麗なクッキーの箱をみんなが大事にとっておくのは、果たしてこういう理由なのだろうか。

わたしも、いつか見つけられるだろうか。

容れ物を待つ、こころが、探している。